スポーツパフォーマンスと水分補給の気になる関係
スポーツ時の水分補給は、脱水症や熱中症などからアスリートを守るだけではなく、スポーツパフォーマンスの維持にも大きく貢献します。
体内温度が上昇する中で、水分は一体どのような働きをするのでしょうか。体内における温度調整のメカニズムとあわせて、水分補給のタイミングや量、飲み物などもご紹介していきます。
目次
スポーツパフォーマンスと水分補給の関係
マラソンやトライアスロンなど、炎天下で長時間運動し続けるスポーツでは、レース終盤あたりになると選手の運動量が低下することがあります。原因としては「エネルギー不足」や「疲労物質の蓄積」など、いくつか考えられますが、実は「水分不足」もその一つに挙げられます。
水分補給と疲労度の関係性について、G.C.Pittsらは「WORK IN THE HEAT AS AFFECTED BY INTAKE OF WATER, SALT AND GLUCOSE(1944)」の中で、次のように示しています。
■高温下での長時間歩行をした場合(登り坂(2%)を時速6kmで50分歩いて10分休むことを繰り返したもの)
【Aグループ】水をまったく飲まない
→ 約3時間後には体温(直腸温)が38.8度を超え、疲労が激しく歩行困難になる
【Bグループ】水を自由に飲む
→ 体温の上昇も緩やかで疲労も少ない
【Cグループ】体重をそのつど測り、発汗した量だけ水を飲む
→ Bグループよりも体温上昇が緩やかで疲労度も極めて少ない
この研究は「水分補給の重要性」や「体温上昇と疲労の関係性」を示すだけではなく、「喉の渇きを感じる頻度以上に積極的に水分補給をした方がよい」ということも示しています。
水分不足によるスポーツパフォーマンスの低下
上記の研究でも示している通り、アスリートにとって水分の最も重要な役割は「体温調節」になります。
体は、スポーツによる筋肉発熱量の増加や、気温・湿度・日照といった外部環境からの熱を受けると、皮膚の血流量を増やして放熱しようとし、それでもなお、体温上昇が抑えられない場合は発汗します。
汗の主要成分は水分であり、汗が皮膚表面から気化(蒸発)することによって、上昇した体温を下げることができます。それによって運動能力を維持することができ、熱中症を予防することもできるのです。
ただし、発汗後に正しく水分補給が行われないと「脱水状態」になります。脱水が起こると、血液中の水分が減少します(血液濃縮)。血液の成分は約80%が水分ですので、その水分が減少するということは、体内で循環する血液量の減少を意味します。
血液が減少することで血流が悪くなり、心臓からの一回拍出量(心臓の左心室が1拍の収縮によって大動脈へ拍出する血液の量のこと)が減少し、その結果として心拍数が増えるのです。
さらに、体温の上昇による皮膚への血流要求量が高まり、心拍出量の一部が皮膚に振り分けられ、筋肉への血液供給量が減少することで、パフォーマンスが低下すると考えられています。
【水分の損失段階】
・体重の約1%の水分を損失すると──体温が約0.3%上昇する
・体重の約2%の水分を損失すると──喉の渇きを感じる(すでに脱水気味)
・体重の約3%の水分を損失すると──体温機能調節に障害を生じる
・体重の約5%の水分を損失すると──熱による吐き気や腹痛が生じる
・体重の約10%の水分を損失すると──熱中症を引き起こし生命の危機にさらされる
スポーツパフォーマンスの低下が顕著になるのは、体重の約3%の水分を損失した頃で、この頃には自身で疲労を感じるようになるのと同時に、周りからもその様子が分かるようになります。
さらにこれ以上の水分損失があるとスポーツの継続が困難となり、最終的には熱中症を引き起こして生命の危機にさらされる危険性がありますので、十分な注意が必要です。
スポーツパフォーマンスを維持するためには、一つの目安として、体重の2%以上の水分を失わないように心がけましょう。
スポーツパフォーマンスを保つための水分補給
スポーツパフォーマンスを維持するには、「水分補給の方法」にも気をつける必要があります。先に述べた通り、喉の渇きを感じたときには、すでに体が脱水気味になっており、スポーツパフォーマンスも低下しています。
高いパフォーマンスを保つためには、渇きを感じる前に意識的に水分補給をしなければなりません。具体的には、次のような点に気を付けましょう。
水分補給のタイミングと量
長時間の運動かつ多量の発汗をするスポーツの場合、運動30分前に250~500mlの水分を摂取します。
また、運動中は200ml前後の水分を15~20分間隔で摂取するのが良いでしょう(マラソンの給水所は5kmごとにあり、時間的には15分程度の間隔で水分が補給できるようになっています)。
スポーツの種類によっては、定期的な時間間隔で摂取することができない場合もあります。多量の発汗がある場合は、摂取できるタイミングでこまめに水分補給を行うようにしましょう。
運動後には、あらかじめ運動前に測っておいた体重から、どれだけの水分が損失しているかを計算し、その損失分と同量の水分を摂取するようにしましょう。
【 運動前の体重 - 運動後の体重 = 水分損失量(水分補給すべき量)】
ここで注意したいポイントが3つあります。
- 汗で濡れた衣類と一緒に体重を測ると、適切な水分補給量が算出できないので注意しましょう。
- 運動後には、汗や尿からの水分損失が続くため、それらの生理現象がおさまるまでは、体重測定と水分補給を続けるようにしましょう。
- 発汗量以上の水(真水)の多量摂取は低ナトリウム血症(水中毒)を引き起こす可能性がありますので、過剰な摂取は控えましょう。
水分補給に適した飲み物
高強度運動時での多量の発汗では、水分とともにナトリウムが多量に失われます。このような脱水を「ナトリウム欠乏性脱水」と呼びます。ナトリウム欠乏性脱水時には、水分とナトリウムの両方を補給する必要がありますので、水のみの水分補給ではなく、ナトリウムが多めの飲料を利用すると良いでしょう。
ナトリウムを含まない飲料を摂取すると、血液の水分量は増加しますが、ナトリウムは増加しないため「血中ナトリウム濃度」が低下します。ナトリウムは血液の浸透圧(水をひきつける力)を維持するための主要な電解質なので、血液の浸透圧も低下します。
血中ナトリウム濃度の低下を防止するために飲水行動を止めると、過剰な水分が尿として排泄されるため、脱水状態からは回復できません。また、ナトリウム欠乏性脱水時に水だけを多量に摂取すると、尿と共にナトリウムを体外に放出してしまい、さらにナトリウム不足を加速させ、脱水状態を亢進させてしまうことがあります(自発的脱水)。
これに対して適切な量(食塩換算で0.2%)のナトリウムを含む飲料を摂取すると、血液に水分とナトリウムの両方が供給されるので、浸透圧が維持されたまま血液量が増大し、脱水状態から回復することができます。
このような脱水状態からの回復には、ミネラルウォーター(硬水)やスポーツドリンク、経口補水液などを利用するのもよいでしょう。また、身近なものを利用してナトリウムを摂取する場合は、浄水(または水道水)に一つまみほどの食塩を溶かして飲むことも可能です。
ただ、近年の研究では「浄水よりも“電解水素水”を飲んだ方が、同じ負荷の運動をする場合において必要となるエネルギー量が少なくて済む(燃費がよい)」* という報告がされています。ですので、この水に食塩を加えて脱水から回復すると同時に、さらなる運動効率の向上を図っても良いかもしれません。
立命館大学ホームページ「水素水が持久運動のエネルギー消費量を有意に低減」*
http://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=329
さいごに
スポーツパフォーマンスを上げる為には、とかくトレーニングや栄養、睡眠、運動学などに目がいきがちです。しかし、最高のパフォーマンスを求めるアスリートたちは水分補給にも同様に注意を払っています。
部活動にはげむ学生や、趣味でスポーツをする人も、今一度水分補給について見直してみてはいかがでしょうか。
参考文献
公益財団法人日本スポーツ協会「しっかり水分補給!元気に運動」
https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data0/publish/pdf/suibun_01.pdf
厚生労働省「『健康のため水を飲もう』推進運動」
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/nomou/index.html
SEMANTIC SCHOLAR「WORK IN THE HEAT AS AFFECTED BY INTAKE OF WATER, SALT AND GLUCOSE(G.C.Pitts、R.E.Johnson、F.C.Consolazio:1944)」
https://www.semanticscholar.org/paper/WORK-IN-THE-HEAT-AS-AFFECTED-BY-INTAKE-OF-WATER,-Pitts-Johnson/4eb47ee06c91c6618651a7ba3edab7b1928a84c9
厚生労働省「職場における熱中症の予防について」
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/06/h0616-1.html
書籍「コンディショニングの基礎知識」山本利春 著
書籍「運動生理学20講[第3版]」勝田茂 征矢英昭 編
書籍「運動とスポーツの基礎科学」久保山直己 著
書籍「アスリートの栄養アセスメント」田口素子 責任編集
書籍「運動生理学[第4版]」山本順一郎 著