ペットロス症候群とは
ペットを飼っている人の一番の不安は、ペットとの別れ、いわゆる「ペットロス」ではないでしょうか。
ペットロスはペットに対してどれだけ多くの愛情を注ぎ、どれだけ強い信頼関係を構築していても必ず訪れます。しかし、必ず訪れるものと分かっていても、多くの人はこの問題に対して積極的には向き合おうとしません。その理由は「縁起でもない」、「その時がきたら考えればいい」といった考えがあるからではないでしょうか。
確かに、ペットの生前にペットロスについて考えを巡らすことは、決して楽しいことではありません。しかし、辛いイメージから目をそむけ、問題を後回しにしたままペットロスを迎えると、人によっては深刻な精神的ダメージを負って「ペットロス症候群」に陥ってしまうことがあります。ペットロス症候群になると、長期の悲嘆に苦しみ、体調を悪くし、時には人生を棒に振ってしまうこともあるので注意が必要です。
今回は「ペットロス症候群」の詳細や予防法などについて解説をしていきます。
目次
ペットロス症候群とは
ペットロス症候群とは、ペットの喪失による悲嘆が長期化し、その悲嘆の度合いが病的なレベルにまで及ぶことで現れる「さまざまな心身の不調」を表した言葉です [※]。
ペットロス症候群は「ペットロス」という名称で呼ばれることもあり、同義語に近い形で認識されていることもありますが、厳密には両者は異なる言葉です。本来、ペットロスという言葉は「愛するペットの喪失」を表した言葉ですので、飼い主によっては比較的心穏やかな状態でペットロスを迎えることがあります。極例としては、飼っているペットが健康な状態で長生きをし、最期を看取られながら安らかに死を迎えた場合、飼い主は一抹の悲しみを感じるものの、それを上回るほどの感謝の気持ちや、楽しい思い出の記憶が溢れてくることがあります。このようなペットロスを経験した飼い主は、心身に不調が現れにくく、むしろ人間性の向上がはかられて、ペットロスを境に人生がより豊かになっていくと言われています。
つまり、ペットロス症候群は「不調」に注目した言葉であるのに対し、ペットロスは「別れ」に注目した言葉ですので、両者は本質的に異なっているわけです。この両者の違いをしっかりと認識することは、ペットロス症候群の問題を正しく捉え、改善していくことにも繋がりますので、混同しないように注意しましょう。
※. ペットロス症候群は、日本にしか存在しない言葉です。また、精神科領域において、正式な症候群(病気)として確立されているわけではありません。
ペットロスの種類
比較的心穏やかに迎えるペットロスがある一方で、納得のいかない悲惨なペットロスもあります。ペットロスに備えるためには、まず「ペットロスの種類」について知る必要があるでしょう。
以下は、ペットロスの代表的な種類になります。
① 老衰
② 病死(突然死、安楽死を含む)
③ 事故死
④ 天災死
⑤ 原因不明の死
⑥ 盗難
⑦ 脱走
⑧ 原因不明の失踪
⑨ 飼い主の高齢化による別離
⑩ 飼い主の病気や障害の発生による別離(がん闘病や事故による身体障害など)
⑪ 飼い主のアレルギーや喘息の発症による別離
⑫ 経済的な理由による別離
⑬ ペットの問題行動による別離(近隣トラブルなど)
⑭ ペット不可の転居先による別離(会社指定の転居先や震災後の仮設住宅など)
⑮ 集合住宅の管理規約変更による別離
一般的には、①~③のケースが主に想定されますが、④~⑮のケースが起こることも少なくありません。特に、日本は世界有数の地震大国ですので、震災(④天災死)によってペットロスが生じる可能性は、他国よりも高いと言えるでしょう。
主な心身不調
ペットロスの悲嘆が深い場合、そのダメージは精神と身体の両方に及ぶことがあります。
【精神面】
・突然悲しくなり、涙が止まらなくなる
・落ち着かない
・集中できない
・すぐにパニックになる
・悲観的
・不安
・無気力、虚脱感
・孤独感が強い
・罪悪感が強い(自分はダメな人間だと思い込む)
・幻覚、幻聴、妄想(死んだペットの姿が見えるなど)
・うつ病[※] など
【身体面】
・睡眠障害(不眠、日中の眠気)
・消化器症状(下痢、便秘、吐き気、腹痛、胃潰瘍)
・食欲異常(食欲不振、拒食、過食)
・頭痛、頭重感、発熱
・肩こり、しびれ
・めまい、難聴
・腰痛
・全身倦怠感
・全身のかゆみ(蕁麻疹など) など
ただし、不調の現れ方には個人差があり、飼い主の性格的傾向や死生観、飼育期間の長さ、ペットとの親密度などによっても異なります。また、上記で述べたペットロスの種類や、それらを想定していたかどうかによっても悲嘆ダメージの大きさは異なります。
※. 海外の例では、うつ状態の悪化から後追い自殺の症例も報告されているようです。
日常生活や社会生活への影響
ペットロス症候群に陥ると、日常生活や社会生活を送ることが難しくなります。さまざまな不調によって心身が疲弊していますので、当然と言えば当然です。しかし、その心身の疲弊(不調)は、家庭内ならまだしも、会社内においてはほとんど許容されることはありません。会社は身内の不幸に対しては一定の理解を示しますが、ペットの死に対しては取り合わず、基本的には忌引き休暇も承認しません。そういった不理解の中で、なんとか頑張って仕事をこなそうとしても、いつも通りのパフォーマンスを発揮することは難しいでしょう。
ペットロス症候群の症状の一つである「集中力の低下」や「活力の低下」は、生産性を著しく低下させ、ミスを連発させ、クリエイティビティも奪いとります。また、接客業についている人は、不健全で落ち着きのない印象を相手に与えるため、場合によってはクレームに繋がることもあるかもしれません。こういったパフォーマンスの低下が長期に及ぶと、最悪の場合、辞職せざるを得ない状況に陥ることも考えられます。そして、その辞職によって夫婦関係が悪化し、離婚問題に発展してしまったケースもあるようです。
ペットロス症候群になりやすい飼い主
ペットロス症候群に陥るかどうかは、飼い主の性格的傾向やライフスタイルなども大きく影響します。たとえば、次のような飼い主はペットロス症候群に陥りやすいと言われているため、あてはまる人は注意が必要です。
・初めてペットを飼った飼い主
・一人暮らしをしている飼い主
・単頭飼育をしている飼い主
・ペットとの接触時間が長い飼い主
・ペットを伴侶や親のように捉えている飼い主
・自分とペットを同一視している飼い主(育った境遇が似ている場合など)
・承認欲求が満たされにくい飼い主[※1]
・過去の喪失がトラウマになっている飼い主[※2]
・独占欲が強く、ペットは自分のものと思っている飼い主
・感情の移入や感情の起伏が激しい飼い主
・柔軟性に欠け、考え込みやすい飼い主
・根がまじめで責任感が強い飼い主
※1. 「誰も私の悲しい気持ちを理解してくれない」と思い込んでしまう傾向があるため、悲しみがより深まってペットロス症候群に陥りやすくなります。
※2. 過去の悲しみがフラッシュバックによって引き出されるため、悲しみが増幅される危険性があります。
陥りやすい思考
ペットロス症候群に陥った方の心理傾向の一つとして、「強い自責の念にかられる」という点が挙げられます。特に、病気や事故などでペットを亡くした飼い主は「自分に落ち度があったからこうなった」と、決めつけるような責め方をする人が多くいるようです。また、ペットはコミュニケーションをとることが難しい幼児のような存在(自分の庇護下にいる存在)でもあるため、それだけに飼い主は「もっと注意深く彼(彼女)の意思をくみ取るべきだった」と考えてしまうようです。
さらに、飼い主の自責の念は、以下のような話題に及んでしまうこともあります。
・もっと一緒の時間を過ごせばよかった
・もっと美味しいものを食べさせればよかった
・私なんかに飼われなかった方が幸せだったに違いない など
悲嘆からの回復過程
深い悲しみから回復していく際には、通常いくつかの過程(心理プロセス)を経ると言われており、「高柳・山崎モデル(2005年)[※]」では次のように説明されています。
① 否定の段階
大きな精神的ショックから逃げようとして起こる自己防衛反応で、事実を認めようとしない段階。直視せざるを得ない現実が続くことで、ショックを受けることからは逃げきれないことを悟り、交渉の段階へ移行します。
② 交渉の段階
ペットが病気や致命傷から回復すること、または甦ることを望み、神やペットに対して交渉やお願いをするようになる段階です。
③ 怒りの段階
誰かのせいでこのような状況になってしまったと思い込む段階です。怒りの矛先が自分に向けられる場合には「自分の対応が悪かったせいで…」と思い込み、自責します。
④ 受容の段階
ひとしきり怒った後には、「ペットの喪失」を理解し納得できるようになります。そして、ここからようやく本当の悲しみ(正常な悲しみ)が始まります。
⑤ 解決の段階
悲しみが徐々に薄れ、立ち直りの兆しがみえる段階です。通常の生活に戻り始め、ペットとの思い出を慈しみ、「またペットを飼ってもいいかも」と思えるようになります。
回復過程のモデルは、上記のもの以外にもいくつか存在します。ただし、実際にはこれらの過程を経ることなくアッサリと回復する人もいれば、各段階を行ったり来たりする人もいます。
大切なことは、こういった回復過程を参考にしながら、自分の心理状態を冷静かつ客観的にチェックすることにあると言えるでしょう。
※. 高柳友子氏(日本介助犬協会理事長)、山崎恵子氏(ペット研究会「互」主宰)。
ペットロス症候群の予防
ペットロス症候群を予防するためには「思考、行動、対策」の3つを意識することが大切です。下記のリストを参考にして、家族内で話し合ったり、自分自身でイメージトレーニングをしてみるとよいでしょう。
【購入前の心構え】
・ペットロスは必ず訪れるということを事前に覚悟しておく
・ペットの寿命の短さを調べ、理解しておく
・飼育できるだけのスキル、経済力、環境があるかを確認する
・自分が癒されることだけを求めて飼育しない
・ペットは命の大切さを教えてくれる存在として飼育する
【日常の思考】
・「ペットを飼っている」という意識ではなく、「生命と付き合っている」という意識を持つようにする
・ペットは動物であり、人間のような存在ではないということをしっかりと認識する
・自分の理想(母親や子供、友人など)をペットに投影していないか時々セルフチェックする
【日常の行動】
・一緒のベッドに寝ないなど、接触時間が長くなりすぎないよう注意する(接触時間の調整)
・一緒に遊ぶときはしっかりと遊び、仕事中にはペットをしっかりと遠ざける(メリハリをつける)
・後悔しないよう健康管理に気を配り、しっかりとお世話をする(ベストを尽くしたという納得感を得る)
【喪失前の対策】
・一緒に遊んでいるときの映像を残しておく[※1]
・ペットロス症候群の心理過程や心理傾向を学んでおく
・ペットロスの種類を学び、それぞれのケースに適した対処法を想定しておく
・ペットロスに直面した際、誰に相談するかをあらかじめ決めておく
・ペットが一定の年齢に達した時点で、葬儀社や葬儀場の目星をつけておく
【喪失後の行動】
・葬儀屋のスケジュールに合わせて急いで火葬しない
・お別れのセレモニーには、十分に時間をかける
・満足するまで体をなで、感謝の気持ちを十分に伝える
・悲しむ期間を「自分」で決め、その間は存分に悲しむ
・親しいペット仲間に思い出話をきいてもらう
・ペットと一緒に暮らせて良かった点をリストアップする
【喪失後の思考】
・ペットがノラ犬やノラ猫だった場合、自分が飼わなければ劣悪な環境で暮らし続けていたことを想像する
・ペットは幸福の使者であって、悲嘆をもたらす不幸の使者ではないと考える
・大泣きするほど大きな愛情を持てたことに対して感謝する
【悲嘆が重症化、長期化した場合の行動】
・悲嘆の状態が、回復過程のどの段階にあるかを自覚する
・身体面でどういった不調が現れているかをリストアップする
・専門家に相談する[※2]
【その他】
・保冷処理を行って、しばらく一緒に過ごす[※3]
・思い出がわりに木を植え、空虚感を和らげる[※4]
・遺骨の一部をペンダントやお守りにして持ち歩く
※1. 画像だけだと自分の悲しい感情を投影してしまう可能性があるので、できればペットが喜んでいるときの映像を残しておき、楽しい気持ちを追体験できるようにしておきましょう。
※2 精神科医や臨床心理士、心理カウンセラー以外にも、獣医師や動物愛護団体などでもペットロス対応プログラムを持っている場合がります。
※3. 保冷の効果は、「季節、ペットの種類、ペットの大きさ、自分で行うかどうか」などによっても異なりますが、目安としては1~3日、条件が揃えば5日ほど一緒に過ごすこともできると言われています。
※4. ペットがいた庭の空間を物理的に埋めることで、気持ちが和らぐ人もいるようです。また、飼っていたペットのかわり(モニュメント)として、等身大サイズの観葉植物を室内に飾る人もいるようです。
さいごに
ペットロス症候群に陥らないようにするためには、自分自身の心構えや事前の対策などが重要になります。しかし、それと同じくらい大切なことは、ペットに対する毎日のケア(お世話)です。具体的には、食事の提供、運動機会の提供、娯楽の提供などが挙げられ、これらを正しく十分に行っていれば、ペットロスによる悲嘆や後悔はかなり少なくなるはずです。
以下の記事では、ペットの健康管理の一環として「ペットへの水やり方法」が詳しく解説されていますので、ぜひ参考にしてみて下さい。
【ペット(犬・猫)に与える水は何がいい?水道水でも大丈夫?】
https://www.nihon-trim.co.jp/media/30219/
参考文献
品川メンタルクリニック「ペットロス症候群とは?うつ病との関係と予防と対処法」
https://www.shinagawa-mental.com/column/psychosomatic/pet/
アイペット損害保険株式会社「ペットと別れた飼い主の 6 割が何らかの不調を感じた経験を持つ」
https://www.ipet-ins.com/wp-content/uploads/8月調査:ペットとのお別れ.pdf
株式会社RS「みんなのペット葬儀屋さん|ペットの遺体はどのように保存するのでしょうか?数日保存できますか?」
https://minpetso.com/faq/corpse-save.html
書籍「ペットロスの真実」瀬戸環 著
書籍「ペットの死、その時あなたは」三省堂 出版
書籍「ハッピー・ペットロス」阿部佐智子 著
書籍「ひとと動物の絆の心理学」中島由佳 著
雑誌「週刊東洋経済(2016年9月10日号)」東洋経済新報社
雑誌「週刊文春(令和3年2月25日号)」文藝春秋 出版