トリハロメタンとは? 発癌性や水道水の基準値について解説
水道水に含まれている「トリハロメタン」。聞いたことはあるけれど詳しくはわからない、そんな方も結構いるのではないでしょうか?一般的には「有害物質の一種」として知られているトリハロメタンですが、生成原因や除去方法などについては、あまり知られていないのかもしれません。今回は知っているようで知らないトリハロメタンについて、解説をしていきたいと思います。
目次
トリハロメタンとは?
トリハロメタンとは、メタンを構成する4個の原子のうち、3個がハロゲン原子である塩素や臭素に置き換えられた化合物のことで、水道水の話題においては、原水を消毒するために注入される塩素と水中の微量有機物質とが反応して生成される物質の「総称」として知られています。
化学的な部分をより簡単に説明しますと、まず1つの炭素原子(C)に4つの水素原子(H)が結びついたものをメタン(CH4)といいます。このメタンの4つの水素原子(H)のうち、3つが塩素(Cl)や臭素(Br)などの「ハロゲン」と呼ばれる原子と入れ代わったものがトリハロメタンです。
つまり、「3」を意味する“トリ”と、「ハロゲン原子」を意味する“ハロ”で、「3つのハロゲン原子」という意味になりますが、この3つのハロゲン原子が結びついた(入れ代わった)メタンが、トリハロメタンというわけです。もちろん、結びつきのパターンによって複数の種類が生まれますが、それらについては後の項で触れたいと思います。
トリハロメタン問題について
トリハロメタンは、1972年にオランダのロッテルダム水道局にいたルーク博士によって、初めて水道水中に存在することが指摘されました。また、ルーク博士はライン川の水からトリハロメタンの一種であるクロロホルムを測定して、その生成原因が「浄水場における河川水の塩素処理」にあることも突き止めました。
このトリハロメタンが社会問題として大きく取りあげられたのは、ルーク博士の発見から2年ほど経った1974年のことで、アメリカのミシシッピー川下流にあるニューオリンズという都市で、飲料水の中からクロロホルムが検出されたことがきっかけでした。
ニューオリンズ市の住民のがん死亡率が、他の水源からの飲料水を飲んでいる住民よりも高かったことから、USEPA(アメリカ環境保護庁)が、飲料水中の発癌性物質について全国的な調査を始め、それについてマスコミが問題視したため、大きな社会問題として取り扱われるようになりました。
この報道は日本にもすぐに伝わり、同年の1974年に、日経新聞からは「飲料水の塩素消毒で毒物」、朝日新聞からは「水道にも発がん物質?」などと報道され、それを皮切りに日本国内においても徐々に大きな社会問題へと発展していきました。
総トリハロメタンとは?
上記でもふれましたが、トリハロメタンは原子の組み合わせによっていくつかの種類に分かれます。ですので、トリハロメタンという名称は、特定の物質に限定して使われるものではなく「総称」になります。
そして、トリハロメタンという総称に似たものとして、総トリハロメタンという総称があります。これは一般的にはあまり使用されることのない総称で、あくまで「水道法の検査項目名称」として使用されています。
トリハロメタンという言葉の先頭に「総」という文字が付いているため、一見するとトリハロメタンよりも多くの種類の物質を含んでいる総称のように思えます。
しかし総トリハロメタンという総称は、いくつかあるトリハロメタンの種類のうち「4種類」に限定して使用されており、オイラー図で表すと「トリハロメタンという大きな円」の中に「総トリハロメタンという小さい円」が内包されている状態で表すことができます。
【総トリハロメタン:内訳4物質】
・クロロホルム
・ブロモホルム
・ジブロモクロロメタン
・ブロモジクロロメタン
水道原水の塩素消毒過程において生成される「主なトリハロメタン類」が上記4物質であるため、水道法上このような総称を設けていると考えられますが、一般的な水道水の話題においては、上記4物質を指して単にトリハロメタンと呼ぶことも多いようです。
クロロホルムとは?
クロロホルム(別名:トリクロロメタン)はトリハロメタンの一種です。メタン分子にある4つの水素原子のうち、3つが塩素原子に置き換わった物質で、水道原水の塩素消毒過程においては水中に最も多く生成されるトリハロメタン類として知られています。
クロロホルムは、以前は消毒や麻酔用として使用されていましたが、現在では様々な障害や発癌性の疑いが報告されているため、使用が禁止されています。
【クロロホルムの健康リスク】
・中枢神経系の障害
・肝臓や腎臓の機能障害
・人に対して発癌性の可能性のあるもの(国際がん研究機関(IARC)の評価)
消毒副生成物とは?
水を消毒する塩素などの消毒剤は、主に病原生物を殺す目的で使用されるため、反応性に富み、非常に強力に作用します。また、水中には病原生物の他にも様々な物質が含まれているため、水を塩素などで消毒すると水中に含まれる無機物や有機物と消毒剤とが反応して、もともと水中には含まれていなかった化学物質が生成されることになります。このように、水の消毒にともなって生成される化学物質を「消毒副生成物」といいます。
この消毒副生成物には、クロロホルムのように有毒性が懸念されるものも多く含まれているため、水道法の「水質基準項目(水道法に基づいた「水質基準に関する省令」で規定する51項目からなる水質基準リスト)」のうち、12項目が消毒副生成物として設けられており、その基準検査によって水道水の安全性が一定レベルに保たれています。
【消毒副生成物12項目】
・シアン化物イオン及び塩化シアン
・臭素酸
・塩素酸
・総トリハロメタン
・クロロ酢酸
・トリクロロ酢酸
・クロロホルム
・ブロモジクロロメタン
・ジクロロ酢酸
・ブロモホルム
・ジブロモクロロメタン
・ホルムアルデヒド
トリハロメタンの生成原因
水道水中のトリハロメタンは、水道の原水に含まれる「フミン質」などの有機物質と、消毒剤である「塩素」とが反応して生成されます。トリハロメタンのもとになる有機物質としてはフミン質のほか、水中の植物プランクトンや、し尿、下水処理水中の成分なども挙げられます。
また、一部の工場排水や海水の影響を受けて臭化物イオンを多く含んでいる水は、臭化物イオンが塩素によって次亜臭素酸に変化するため、次亜臭素酸と有機物との反応によって「臭素を含むトリハロメタン」の生成量が多くなります。
トリハロメタンの発癌性について
水道水中に含まれる4つの主要なトリハロメタン(総トリハロメタン)には、発癌性が確認されているものもありますが、それらは主にマウスやラットなどを使った動物実験の結果によるものであって、人間に同様の影響が生じるとは言い切れません。
しかし、1974年に起きたニューオリンズのトリハロメタン問題にみられるように、人体への健康リスクを完全に否定することもできないため、現状「注意を要する物質」という認識が最も適しているのではないかと思われます。
下記の箇条はIARC(国際がん研究機関)による「総トリハロメタンの発癌性評価(2011年)」です。IARCはWHO(世界保健機関)の一機関ですので、信頼性の高い評価が期待できますが、海外と日本、評価機関などによっては、評価内容に違いが生じる場合もあります。
【クロロホルム】
分類2B:人に対して発癌性の可能性のあるもの
【ブロモジクロロメタン】
分類2B:人に対して発癌性の可能性のあるもの
【ジブロモクロロメタン】
分類3:人に対して発癌性ありとして分類できないもの(発癌性がないという評価ではない)
【ブロモホルム】
分類3:人に対して発癌性ありとして分類できないもの(発癌性がないという評価ではない)
水道水の基準値
日本の水道水は、水道法第4条第2項の規定に基づいた「水質基準に関する省令」によって、51もの水質基準項目が設けられおり、それらの項目にはそれぞれ厳格な基準値が定められています。
当然ながら、水質基準の項目群には総トリハロメタンの項目も含まれています。そして、そこに示されている基準値は「WHOの飲料水水質ガイドライン」で規定されている基準値と比較しても、同等もしくはそれ以上に厳しい水準で設定されています。
日本 | WHO | |
クロロホルム | 0.06mg/L以下 | 0.3mg/L以下 |
ブロモジクロロメタン | 0.03mg/L以下 | 0.06mg/L以下 |
ジブロモクロロメタン | 0.1mg/L以下 | 0.1mg/L以下 |
ブロモホルム | 0.09mg/L以下 | 0.1mg/L以下 |
総トリハロメタン(合計) | 0.1mg/L以下 | 項目なし |
トリハロメタンの除去方法
一般家庭における水道水中のトリハロメタンの除去方法として有効的なものは「煮沸消毒(気散除去)」が挙げられます。ただし、トリハロメタンの煮沸消毒においては、一つ重要なことを知っておく必要があります。
それは「煮沸時間の長さ」です。通常、揮発性物質を含む水を煮沸すると、沸騰する以前に、水温が上昇するにつれて揮発性物質は徐々に気散して水中から減少していきます。
しかし、クロロホルムにおいては水を加熱すると増加し始め、100℃に近くなるとさらに急速に増加することが分かっています。ただし、100℃を過ぎて沸騰が始まると、こんどは急激に減少し始め、10分後には1/5ほどになり、さらに30~40分間煮沸すると、ほぼなくなってしまいます。
煮沸時間の長さやクロロホルムの減少率などについては様々な報告がありますが、「沸騰直前に急速に増加する」といったおおかたの性質傾向については共通していますので、水が沸騰してもすぐに火を消すのではなく、しばらくは沸騰させ続けるようにするとよいでしょう。
浄水器・整水器の活用
上記の項では、家庭内でトリハロメタンを除去する方法として「煮沸消毒」という方法があることをご紹介させて頂きましたが、煮沸消毒以外にもトリハロメタンを除去する方法はあります。その方法は、浄水器や整水器を使ってトリハロメタンを除去する方法です。
「トリハロメタン対策としての浄水器」と聞くと、一定数の人は拒否反応を起こすかもしれません。というのも、過去に浄水器に対する期待を大きく裏切られた経験を持っているからです。以下、もう少し詳しく説明をさせて頂きます。
日本でトリハロメタン問題が本格的に騒がれた1980年代には、トリハロメタン対策として浄水器を購入する人が沢山いました。しかし、その頃の浄水器は主に中身が「活性炭」でできていた為、使ってしばらくすると「雑菌の巣」となってしまい、それ以降、雑菌の混じった水を出し続けるようになります。
このことについて、厚生省(厚生労働省の前身)は、「浄水器に細菌増殖の恐れあり」という旨の注意喚起を公表しました(1984年11月)。この影響を受けてか、発表があった翌年の1985年には、浄水器の出荷台数は大きく落ち込むこととなりました。そして、そのタイミングで浄水器から離れていった人たちの中には、浄水器に対する大きな不信感がいまなお残っていると考えられるのです。
しかし、最近では様々な浄水フィルターの開発が進み、1980年代当時の浄水器とは比べ物にならないほどに、品質や性能が向上しています。また、フィルター性能の向上においては、整水器内部に取り付けられている浄水フィルターにおいても同様の向上が見られ、残留塩素やトリハロメタンを始めとする、多くの不純物をしっかりと除去してくれます。
当然ながら、浄水器や整水器には製品によって良し悪しがありますので、購入前にはしっかりと除去性能についての確認をしておく必要があり、更には浄水フィルターの素材やフィルターを入れるケースの材質にも注目しましょう。製品によっては抗菌・防カビ作用のある「銀」を添着させた「ヤシガラフィルター」を使用しているものや、「銀」を素材に煉り込んでカートリッジケースを製造している製品もあります。
もちろんこれらの浄水フィルターも、使用方法や適性使用期間は厳守する必要があります。しかし、性能の高い浄水器や整水器を購入し、浄水フィルターの交換も適切に行えば、細菌や水道水中に含まれる不純物の心配はかなり減るでしょう。先に紹介した煮沸消毒よりも「簡単」で「時短」にもなる為、信頼のおける製品を上手に使用するのは一考の価値が十分にあるのではないでしょうか。
さいごに
水道水に含まれているトリハロメタンをなくす為、浄水場では濾過技術や消毒技術の更なる向上に努めています。オゾン処理・二酸化塩素処理・クロラミン処理・紫外線処理・生物処理など、様々な処理方法が検討・導入されてきたことで、水質も徐々に改善されてきています。
しかし、クリプトスポリジウムやハロ酢酸など、新たな水質汚染要因が発見・報告されてきていることも、ないがしろにはできません。私たちが家庭単位で行う浄水対策は確かに効果的ではありますが、SDGsの観点からも、まずは水源となる河川などを汚さないよう、一人一人の環境に対する取り組みが大切であると言えるでしょう。
参考文献
内藤環境管理「消毒副生成物12項目」
https://www.knights.jp/ana/water/drink_syoudoku.html
環境未来株式会社「トリハロメタンって何?発がん性や総トリハロメタンとの違いを解説」
https://kankyomirai.co.jp/category/suidou-inryo
WHO「飲料水水質ガイドライン第4版(2011年)」
https://www.who.int/water_sanitation_health/publications/2011/who_gdwq_japanese_4thed.pdf
厚生労働省「水質基準に関する省令」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=79aa4934&dataType=0&pageNo=1
JWRC水道技術研究センター「日本と先進国の水道水質基準等一覧表」
http://www.jwrc-net.or.jp/chousa-kenkyuu/comparison/abroad04_03.pdf
厚生労働省「水道の給水せんに取付ける家庭用浄水器の使用について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta5437&dataType=1&pageNo=1
書籍「あぶない水道水『蛇口の神話』を問う」有田一彦 著
書籍「水道(安心・快適な飲み水)」技報堂出版
書籍「水道とトリハロメタン」丹保憲仁 編
書籍「よくわかる水道技術」水道技術研究会 編著