1/fゆらぎの癒し効果とは?
皆さんは「1/fゆらぎ(えふぶんのいちゆらぎ)」という言葉を聞いたことがありますか?
クラシック音楽に詳しい方であれば、モーツァルトの楽曲のいくつかに、1/fゆらぎが見られるということを聞いたことがあるかもしれません。また、YouTubeなどで安眠用BGMやストレス解消BGMを探されたことのある人は、一度は目にしたことがある言葉ではないでしょうか。
一般的に1/fゆらぎは音楽や環境音の中に有していることで知られていますが、実はそれら以外にもこのゆらぎは見られるようです。では、いったいどのようなものが1/fゆらぎを有し、またどのような効果があるのでしょうか?
今回は、1/fゆらぎについて解説をしていきます。
目次
1/fゆらぎとは?
1/fゆらぎは、統計物理学の分野では“パワースペクトル密度がフーリエ周波数fの逆数に比例するようなゆらぎ”と説明されることがあります。
たとえば、「光・音楽・電気信号」といった波長をもっているものや、「風・炎・魚・蝶」といった動きがあるものなどは、その波形や軌跡などをフーリエ変換[※1]で分解することができます。
分解したものを周波数の小さい順に並べていき、正弦波の和[※2]に組み直すと、ヨコ軸[頻度(周波数)]、タテ軸[パワー(振幅)]の二次元グラフにおいて、パワーが頻度に対して反比例を示すものがあります。これが「1/fゆらぎ」と呼ばれるものです。
といっても、この説明は統計物理学などの分野に精通していない人からすると、やや難解です。1/fゆらぎを理解しやすいよう、ザックリと定義し直してみると、次のように表すことができます。
「規則性と不規則性が心地よいバランスで混ざりあっている状態」
ここでいう「規則性」とは、時報の秒針音のように正確なリズムをもっているものや、将棋盤の盤面のように整然とした配置などを指しています。一方、「不規則性」というのは、何の法則性も持たない無秩序なリズムや配置などを指しています。
そして、この2つの要素が「心地よいバランス」で混ざりあっている状態を、ここでは「1/fゆらぎ」と定義して、話を進めていきたいと思います。
※1. 異なる波数の波がどれくらい含まれているかを知るための変換方法。
※2. 複数の異なる周波数を持つ正弦波(規則的な波形を持つ波)を合成して一つの波形にすること。
1/fゆらぎを有するもの
1/fゆらぎを有するものは多くあります。それは音の中に有していることもあれば、見えているモノや現象の中に有していることもあります。
そして実は、私たちの体内においても1/fゆらぎを有しているものがあると言われています。
では、具体的にどのようなものに有しているのかを見ていきましょう。
音楽
一部の音楽には、1/fゆらぎを有しているものがあります。たとえば、モーツァルトの楽曲をはじめとする多くのクラシック音楽には、1/fゆらぎが見られると言われています。
しかし、1/fゆらぎを有していると言われる楽曲であっても「誰が・どの楽器で・どのように奏でるか」によって、ゆらぎ方も変わってきますので、特定の楽曲に対して、必ず1/fゆらぎが見られるとは言い切れません。
また、歌声に関しては、以下の人たちが1/fゆらぎを有していると言われています。
・宇多田ヒカル
・美空ひばり
・大野智(嵐)
・藤原聡(Official 髭男dism)
・MISIA
・徳永英明
・平井堅 など
ただ、これらのアーティストたちも曲や歌い方などによって、1/fゆらぎの有無は変わってくることが考えられます。
自然環境音
浜辺に寄せる波の音、雨が降る音、川のせせらぎなどなど──。自然が作り出す音の多くには、1/fゆらぎが見られます。
よくストレスを感じた時などに森林浴が推奨されますが、それは1/fゆらぎに満ちた空間に身を置くことで全方位的に体を癒すことができるという理由もあるでしょう。
「海、川、森」などの自然環境が、住んでいる地域の近くにない場合は、YouTubeなどで自然環境音を収録したサウンドコンテンツを検索し、それを聴くのも良いでしょう。よりリアルに音を感じたい場合には、オーディオ機器にこだわり、スピーカーのサラウンドシステムなどを組んで、臨場感を楽しむのも良いでしょう。
木目(年輪)
一般的に1/fゆらぎは、聴覚を通じて感じ取るものというイメージがありますが、実は視覚からも感じ取ることができると言われています。
その一つが木目(年輪)です。
木は秋から冬にかけては成長が鈍く、細胞が小さくなって密度が増すため、強硬で色の濃い木目の層を形成します(この層を「晩材」といいます)。逆に、春から夏にかけては成長が活発になり、細胞が大きくなるため、軟弱で色の薄い木目の層を形成します(この層を「早材」といいます)。
木目は、晩材と早材が同心円状に交互に重なった状態で形成されていますが、両者の間隔はその時期の気温や日当たりなどに影響を受けるため、完全に規則正しいものにはならず、微妙に不規則性が混じることになります。
気温や日当たりといった自然環境が作り出す不規則性は、木目にもそのまま投影され、天然自然の美しいデザインを作り出します。木造家屋やロッジが、昔から根強い人気を得つづけているのは、1/fゆらぎが関係しているからかもしれません。
火のゆらめき
火のゆらめきも、1/fゆらぎを有していると言われています。
日常的に焚き火を見る機会がある人はほとんどいないと思われますが、キャンプなどに行った際、焚き火を眺めて心地よい気持ちになったことがある人は、少なからずいるのではないでしょうか。
また、自宅でろうそく(キャンドル)の炎を鑑賞するのが趣味だという人も、火のゆらめきが持つ魅力を無意識的に感じ取っているのかもしれません。
欧米建築などでよく見られる「暖炉」は、室内を暖めるという機能とは別に、観賞用としての役割も併せ持っています。ファンヒーターやストーブを使用せず、あえて暖炉を設置するのは、1/fゆらぎで癒されたいという気持ちの表れではないでしょうか。
心臓の鼓動(心拍)
運動などをしていない平常時に、胸に手をあてて心拍を確かめてみると、心臓は常に一定のリズムで動いているように感じられます。しかし、電気的に心拍間隔を測ってみると、わずかに不規則性が見られ、早くなったり遅くなったりと、ゆらぎが生じているそうです。
このゆらぎは、東京工業大学名誉教授である武者利光氏の解析によって「1/fゆらぎ」であることが判明しています。また、心拍に見られる1/fゆらぎの研究は他でも進められていて、そこでは次のようなことが報告されているようです。
・妊婦が妊娠中毒[※1]に陥ると、胎児の心拍が顕著な規則性を示すようになる
・脳死状態になった人の心拍は、かなり規則的になり、ゆらぎが少なくなる
これらのことから考えられるのは、生体の元気がなくなるとゆらぎが少なくなり、規則性が高まるということで、逆に言えば、健康な生体はすべて1/fゆらぎを有しているのではないかということです。
1/fゆらぎは、心拍の他にも「脳波に現れるα波」や「ニューロンの発射するパルス間隔[※2]」、「眼球の動き」などにも有することが報告されています。
※1. 妊娠中期~後期にかけて起きうる病気。主な症状としては「高血圧」や「むくみ」などが挙げられます。
※2. ニューロンは情報処理と情報伝達を行う脳の神経細胞。脳の情報伝達システムを糸電話を例にして簡易に説明すると「1つの紙コップ(ニューロン)からもう一つの紙コップ(ニューロン)へ、糸(シナプス)を介して、声(パルス)を届ける」と表現することができます。
1/fゆらぎの効果
1/fゆらぎの効果については、科学的な証明が完全にできているわけではありませんが、私たちの体内に有する1/fゆらぎ(脳波や心拍など)と、外部から受ける1/fゆらぎ(音楽や火のゆらめきなど)とが、何らかの共鳴反応を起こすことで、ある種の効果が体内で発現すると考えられています。
以下に、その代表的なものを4つご紹介します。
リラックス効果
リラックス効果に関しては、すでに多くの人が無意識的に体感していることだと思われます。音楽を聴いたり、風景を見たりする中で、なんとなく心地よいと感じられるものの多くは、実は1/fゆらぎを有している場合が多いようです。
日常生活において、視覚から1/fゆらぎを感じたい場合には、インテリアに木製家具(木目がよく見える家具)を取り入れたりする方法も有効かもしれません。
また、オシャレなキャンドルを購入し、その炎を眺めれば、1/fゆらぎを視覚的に感じることができますし、室内装飾品としても楽しむことができます。
免疫力向上効果
1/fゆらぎのリラックス効果がもたらす副次的な効果としては免疫力の向上が挙げられます。その大まかなメカニズムについては以下の通りです。(「脳腸相関」の理論においても機序を解説しています[後述])
①1/fゆらぎを有する音楽などを聴く
②自律神経が交感神経から副交感神経に切り替わる
③副交感神経に切り替わることで血流がよくなる
④血流がよくなることで基礎代謝や内臓機能が上がる
⑤その結果、免疫力が向上する
ただし、1/fゆらぎを有するものを見たり聴いたりすることで、何かの病気が「急激に完治」するわけではありませんので、怪しげな商品の神がかったうたい文句などには気を付けましょう。
睡眠改善効果
1/fゆらぎのリラックス効果がもたらす副次的な効果には「睡眠の改善」もあると言われています。リラックス状態になるとスムーズに入眠できるということは、昔からよく言われていることです。
スムーズな入眠を促す要素には室温や照明など、いくつかの要素が挙げられますが、1/fゆらぎもその一つと言われています。入眠用BGMとして1/fゆらぎ音楽を取り入れてみるのも良いでしょうし、睡眠前のバスタイムにアロマキャンドル(バスキャンドル)を楽しむのもスムーズな入眠に役立つかもしれません[※]。
※.十分な換気システムがない浴室でキャンドルを焚くと、一酸化炭素中毒になる危険性がありますので注意して下さい。
集中力向上効果
1/fゆらぎを有する音や音楽には、集中力を向上させる効果もあると言われています。そのため、1/fゆらぎを有するBGM(ピンクノイズなど)をかけながら仕事や勉強を行うと集中力が高まって、より高いパフォーマンスを期待することができます。
ただし、この効果については肯定説と否定説があるようです。
肯定説:何らかの音があった方が集中力は高まる
否定説:無音状態の方が集中力は高まる
どちらの説が正しいかは、前提条件(仕事内容や各自の体調など)によっても変わるのではないかと考えられます。
いずれにせよ、試してみて自分に合っていれば、勉強や仕事をする上で非常に強力な武器になると言えるでしょう。
リラックスすることの重要性
リラックスをすると、日常生活や仕事、スポーツなどにとても良い影響を与えます。たとえば、他人との対話やちょっとした気遣い、商品開発や戦略立案におけるブレインストーミング、いつも通りの運動パフォーマンスの発揮などは、リラックスをしていると比較的しやすくなります。
また、リラックスをすることによって表情やしぐさが柔らかくなり、それらが人の雰囲気として醸し出されることで “御縁”や“幸運”に繋がっていくこともあるかもしれません。
さらに、近年の研究では、「脳」のリラックス状態が「腸」の健康状態に影響を及ぼすということが報告されています(この理論は「脳腸相関」と呼ばれています)。
腸の健康状態が、体全体の健康を考える上で非常に重要な要素になっているということは、「腸活」という活動を通じて、いまや多くの人が知るところです。つまり、リラックスをすることは体全体の健康にも繋がるため、とても重要なことなのです。
※以下の記事では、この理論について詳しく解説しています。
ぜひ参考にしてみて下さい。
【脳腸相関とは?脳と腸の関係性について解説】
https://www.nihon-trim.co.jp/media/30283/
さいごに
1/fゆらぎを日常生活に取り入れる場合、もっとも簡単な方法としては、音(楽曲、音声、自然環境音など)を聴く方法が挙げられます。
しかし、単に音を聴くだけではなく、視覚からも同時に1/fゆらぎを感じとることができれば、より一層高い効果が期待できるでしょう。
聴覚と視覚の両方から1/fゆらぎを感じ取る方法としては、「自然の景色を撮影した動画」の視聴がオススメです。YouTubeなどの動画共有サイトにアクセスし、「森林浴」という検索ワードで探してみると、たくさんの「1/fゆらぎ動画」を視聴することができます。
また、動画共有サイトによっては、VR映像を提供しているところもありますので、VRヘッドセット(VRゴーグル)を使って森林浴を疑似体験するのもオススメです。
参考文献
株式会社インフォマティクス「空間情報クラブ|1-fゆらぎとは|心地よさとの関係」
https://club.informatix.co.jp/?p=1994
All About「自然界のリズムを日常生活に取り込もう「1-fゆらぎ」って知ってる?」
https://allabout.co.jp/gm/gc/299125/
日本分光株式会社「FTIRの基礎(3)フーリエ変換」
https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/internet-seminar/ftir/ftir3.html
新潟大学「周波数領域における画像処理」
http://www.clg.niigata-u.ac.jp/~medimg/practice_medical_imaging/imgproc_scion/5fourier/index.htm
ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト「MISIA、ヒゲダンの歌声「1-fゆらぎ」に見る、音楽と科学の深い関係」
https://www.newsweekjapan.jp/akane/2021/11/post-6_2.php
株式会社サウンドジュエルデザイナーズ「心に優しい「1-f ゆらぎ」を味わってみよう」
http://soundjewel.symphie.jp/sr/yuragi
カラオケうたてん「1-f(f分の1)ゆらぎは心地よい?1-fゆらぎを持つアーティストも紹介!」
https://utaten.com/karaoke/knowledge/fluctuation/
松葉屋家具店「オーダー家具 木材の基礎知識 その3「木材の各部の名称」
https://matubaya-kagu.com/blog/archives/2190
WOODONE「【視覚効果】癒しの、「ゆらぎ」リズム - 木をもっと好きになる」
https://www.woodone.co.jp/wood/muku/muku-2/
オーディオテクニカ「1-fゆらぎとは?音楽との深い関係」
https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/one-over-f-fluctuation/
シミズマタニティクリニック「妊娠中毒症」
https://www.shimizuclinic.net/knowledge/86/
中部学院大学「神経細胞の特徴」
http://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/10-1/index-10-1.html
玉川大学「脳の講義」
http://www.tamagawa.ac.jp/teachers/aihara/nagasawa_test/contents/study.html
Futonto 株式会社「なかなか寝付けない人におすすめ!1-fのゆらぎを取り入れて眠りやすい環境を整えよう」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000383.000019730.html
新R25「「集中力を上げる効果はない」とわかっていても、脳研究者が仕事中にBGMをかける理由」
https://r25.jp/article/564374415183230643
J-STAGE「日本音響学会誌|武者利光|1-fゆらぎと快適性 (-小特集-快適性向上を求めて)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/50/6/50_KJ00001456961/_pdf/-char/ja
J-STAGE「武者利光|生体の1/fゆらぎと情報処理」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys1961/27/5/27_5_206/_pdf