海洋深層水ってどんな水?海洋深層水の特性と活用方法
周期2千年ともいわれる地球規模の大きな対流の中で、自然の恵みをたくさん含む海洋深層水。現代人に不足しがちな主要ミネラルや微量元素の働きがコレステロールを低下させ、アトピーの改善にも効果的と言われるなど、医学的な解明が進んでいます。また、21世紀の人類を救う新しい資源としても注目を浴び、新たな可能性の開拓も着々と進められているようです。
今回は、海洋深層水の特性とその活用方法についてご紹介をしていきます。
目次
海洋深層水とは
海洋深層水とは、太陽光がほとんど届かない「水深200m以深」にある海水の総称で、海の生物にとっての栄養に富み、きれいで、低温で、ミネラルに富んだ海水です。
この海洋深層水は、北極や南極に近いところで冷やされた海水が海底の方に潜り込んだもので、潜り込んだ海水はやがて海流となり、地球規模でゆっくりと循環していきます(対流)。この循環の流れは何らかの形でさえぎられると、その地点で海底より湧き上がってきます。この現象を「湧昇(ゆうしょう)」と呼びます。これが起こると表層の海水(表層水)には沢山の栄養が供給され、漁場が豊かになります(洋上肥沃)。「湧昇」が起こる海域は全世界の海域の内、たった0.1%しかありません。しかし四方を海に囲まれた日本には、いくつもその地点があり、高知県室戸岬沖もその一つとなっています。
海洋深層水が、資源利用の観点で日本に紹介されたのは1957年、そこから他国の研究情勢に触発された形で1970年に国内でも委員会が組織され、世界中の様々な利用方法が調査されました。その調査によって、海洋深層水による「海洋温度差発電」や「栄養塩類活用」などの利用方法が知られることとなり、1986年に当時の科学技術庁が「海洋深層資源の有効利用技術に関する研究」を正式に予算化しました。その結果、1989年に日本初の取水施設が洋上型として富山湾、陸上型として高知県室戸市三津に設置されることになりました。1995年には富山県水産試験場内に海洋深層水利用研究施設が整備され、現在は北海道や静岡県、新潟県、鹿児島県、沖縄県などに取水施設が設けられており、研究や産業利用が行われています。
海洋深層水の特性
海洋深層水はまだまだ解明されていないメカニズムも多くありますが、これまでの研究によって「低温安定性」、「清浄性」、「富栄養性」という3つの大きな特性があることが明らかになっています。
ここでは、これら3つの特性について詳しく解説していきます。
低温安定性
表層水の水温は季節(太陽熱)によって大きく変化します。例えば高知県室戸岬沖の表層水は、夏は28度以上、冬は16度以下になり、夏と冬とで10度以上の差が生じますが、海洋深層水の場合は、水温9.5度と一年を通してほぼ一定しています。「水温」が低い状態で一定しているということは、つまり「水質」も変化が少なく安定しているということでもあり、この安定性が海洋深層水の特性の一つである「低温安定性」なのです。
この「低温安定性」をうまく活用することで、海洋温度差発電や地域冷房など、様々なクリーン・エネルギー・システムが開発可能だと考えられています。
また、ヒラメやギンザケといった低温を好む魚の養殖ができるなど、魚介類や藻類の飼育・培養にも大きな可能性を与えてくれています。
清浄性
海洋深層水は表層水とは異なり、浮遊物や懸濁物がほとんどありません(物理的清浄性)。また、フジツボなどの付着生物やプランクトン、病原性微生物や細菌類もほとんどいません(生物学的清浄性)。そして、陸や大気からの化学物質にさらされる機会もほとんどなく、産業排水や生活排水の影響もほぼ受けていません(化学的清浄性)。
つまり海洋深層水は、物理的にも、生物学的にも、化学的にも清浄な海水と言え、この「清浄性」が様々な食料品や飲料品を生み出している重要な要因になっているのです。
また、この特性は「水産生物の増殖・養殖」にも大きく貢献していて、それらによって育てられた水産生物は、病害の発生率が低く抑えられているという報告もあげられています。
富栄養性
海の表層では、植物プランクトンが無機栄養塩(窒素、リン、ケイ素など)を栄養源として、光合成をさかんに行いながら浮遊しています。この植物プランクトンは、エビやカニの幼生といった動物プランクトンのエサになります。そして、動物プランクトンは小魚に食べられ、小魚は大型の魚に食べられてしまいます。海中生物の死骸やフンは、こんどはバクテリアに分解されて無機物質(カルシウム、カリウム、鉄、無機栄養塩)となり、再び植物プランクトンの栄養源となるのです(食物連鎖)。海の表層では、このように見事なループができあがっています。
しかし、バクテリアの分解でつくりだされた無機物質のすべてが、植物プランクトンの栄養源になるわけではありません。むしろ、その大部分は深層へ沈み落ちていきます。深層では、無機栄養塩を消費する植物プランクトンは、太陽光が届かないので光合成ができず、休眠状態になり増えることがほとんどありません。ですので、表層から沈み落ちた無機栄養塩はどんどん蓄積されていきます。
つまり、海の深層は「植物プランクトンを増やすための無機栄養塩に富んだ状態」になっていて、これがいわゆる「富栄養性」という特性で呼ばれているのです。
海洋深層水の利用
海洋深層水は、その特性を活かしてさまざまな分野での活用が進められています。
水産業
海洋深層水の産業利用としてもっとも早くから始められたのが「水産分野」です。低温安定性、清浄性、富栄養性といった特性を活かし、各地で海洋深層水を使った増殖・養殖業が盛んに行われています。
富山県の入善町では、海洋深層水を活かしたアワビの養殖を行い、良質で高鮮度なアワビの安定出荷を目指しています。また、高知県の室戸市では、病原性のない良質なヒラメの受精卵が放流種苗生産用として提供できるようになった他、キンメダイやトラフグといった高級魚の成熟試験や研究も実施されています。
研究に使用した海水が流れ出る海域では、海藻が豊富にしげり、たくさんの生物が生息するという現象が見られています。使用後であってもなお、このような現象が見られるという事は、海洋深層水には、より多段階的に活用できる可能性が秘められていることを指し示しているのかもしれません。
農業
農業において「水」は必須要素の一つですが、その必須要素である「水」に海洋深層水が活用されることがあります。
たとえば亜熱帯である沖縄県では、従来、ホウレンソウなどの温帯性野菜を夏に栽培することは非常に困難でした。しかし、海洋深層水の「冷熱」で根の部分を冷やすことによって、栽培が可能になりました。
また、近年では「海洋深層水そのもの」を栽培に利用するという研究も盛んに行われています。海洋深層水や海洋深層水由来の電解水に「作物の発病抑制効果」があることも報告されていて、農薬の低減化につながる可能性もでてきています。
このように海洋深層水は、「食に対する安全や質」といった消費者の要望に対応できる可能性を持った素材としても、注目を集めています。
深層水商品
海洋深層水にバランスよく含まれているミネラルは、商品の「付加価値の向上」に大きく貢献します。そのため、食料品や飲料品をはじめとした多くの商品が、全国で市販されるようになっています。
飲料水
海洋深層水を使った商品で、最もバラエティ数が多いのは「飲料水」でしょう。各社さまざまな製法や技術で作られている為、ミネラル配合率などは微妙に異なっています。中には、海洋深層水を電解水素水整水器の技術で電気分解するといった健康に意識した商品もあります(品名:カラダ還元ウォーター「I’m fine」)。
高知県庁HP「室戸海洋深層水 利用企業・商品一覧(飲料水)」
https://www.pref.kochi.lg.jp/shinsosui/company/c_drink.html
塩
海洋深層水からとたれた「塩」は、取水地における代表的な特産品となっています。この塩はミネラルが豊富に含まれているので、味が「まろやか」と言われています。また、通常の化学塩に比べて「浸透率」が高いため、調理に使用すると味がしみこみやすく、減塩してもしっかり味が感じられると言われています。
酒
清酒の仕込みに海洋深層水を使うと、麹の発酵作用が強化され、アルコール濃度が高くなり、雑味の少ない香り高い清酒ができます。世界で初めて造られた海洋深層水仕込みの吟醸酒としては「土佐深海」が知られていますが、日本酒の他にもビールやリキュールを含め、多数のメーカーが海洋深層水を使ったお酒を製造販売しています。
水産加工品
海洋深層水の原水や、脱塩作業に伴って出てくる濃縮水は、「干物」や「かまぼこ等の水産練り製品」に使われることもあります。こちらも塩と同様に、ミネラルの影響で「塩味がまろやかになる」という特徴があります。また、「かまぼこ等の水産練り製品」の製造において、海洋深層水は「タンパク質の結合をうながす酵素の働き」も良くしています。つまり、適度な弾力を持った味の良い製品を作るカギとなっているのです。
調味料
塩以外の調味料においても、海洋深層水はたくさんのものに使用されています(ぽん酢、醤油、味噌、蒲焼のタレ、ソース、ケチャップ等)。海洋深層水を使用すると、味が良くなるだけではなく、他にも様々な作用を期待できます。たとえば「醤油の醸造」では、海洋深層水の「発酵強化作用」が活かされており「もろみ」を分析してみると、大豆のタンパク質の分解が進み、「窒素利用率」、「アルコール濃度」、「乳酸等の値」がいずれも大きくなります。
化粧品
海洋深層水には「しっとり感」や「肌へのなじみ感」といった感触的特性があります。この特性をいちはやく化粧品に取り入れたのが「シュウウエムラ化粧品」という企業で、世界で初めて海洋深層水を化粧品に使用したと言われています(品名:ディプシーウォーター)。現在では「コーセー化粧品」や「ワミレスコスメティックス」等からも、海洋深層水を使用した化粧品は製造販売されています。
タラソテラピー(海洋療法)
タラソテラピーは、ギリシャ語のThalassa(海)とフランス語のTherapie(治療)を合わせた造語です。
フランスでは「海洋環境の中で、海水や海藻、海泥などを用いて、病気の治療・予防・健康増進に役立てるのが目的」と定義されていて、フランス・ドイツなどの先進国では、健康保険の対象にもなっています。日本国内では、富山県滑川市にある「タラソピア」が海洋深層水を使った日本初の健康増進施設として有名です。
タラソテラピーは、主に水中運動やジェットバスなどの「水治療法」と、海泥・海藻パックや大気浴などの「無水療法」に分けられ、リウマチ・外傷・皮膚病・神経症・循環系障害など幅広い疾患治療が対象になっています。
人間が本来持つ「自然治癒力」を引き出し、体を活性化させようという試みで、「癒し」や「ゆとり」を求める現代人にも徐々に受け入れられつつあります。
さいごに
海洋深層水は、医薬品、医薬部外品、健康飲料、食品製造などでも更に応用ができる大きな可能性を秘めています。しかし、その機能についての科学的検証は、いまだ追いついていないというのが現状です。これからの地球のエネルギー資源の一つとして、また、私たちの食生活を豊かにするものの一つとして、早期の解明を期待したいところですね。
参考文献
高知県HP「室戸海洋深層水 用語集」
https://www.pref.kochi.lg.jp/shinsosui/word/s_word/y_yushoiki.html
和歌山県議会「平成11年6月 和歌山県議会定例会会議録 第3号」
https://www.pref.wakayama.lg.jp/gijiroku/p043118.html
高知県HP「海洋深層水について」
https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/151407/menu-aboutdsw.html
北海道岩内町HP「深層水とは」
https://www.town.iwanai.hokkaido.jp/?page_id=62147
書籍「身体がほしがる「海洋深層水」のミネラルパワー」鈴木平光 監修
書籍「驚異のミネラルパワー【海洋深層水】」KKベストセラーズ 発行
書籍「海洋深層水の多面的利用」伊藤慶明・高橋正征・深見公雄 著
書籍「よくわかる海洋深層水」吉田秀樹 著
書籍「海洋深層水利用学-基礎から応用・実践まで-」藤田大介・高橋正征 著